SBGP011「グランドセイコー」

 まず、ご検討される対象であろう「SBGX261(以下261と表記する)」との比較を行いたい。

・文字盤の色が261の完全にマットなブラックに対して、同心円状の反射のある若干メタリックなブラックである。
・ベゼルが低くなったことにより、261よりも公称値の3㎜以上に大きく感じる。このことにより、かなりカジュアルな印象(あくまでも261と比較した場合)を受ける。
・日付変更は時針を24時間分回転させることで行う。ベゼルを回転させる回数が261よりも相当に増えるが、「日付変更をすべきでない時間帯」がない。

 次に、私が感じた特筆(私の個体特有の点も含め)すべき点を記載する。

・年差2秒程度(※携帯電話やネット上の時間、及び電波式時計以上に一時的には正確な可能性がある)。
・磨き抜かれたアプライドインデックスの側面は、いつもどこかしら星のように輝いている。また、面積の大きい12時のインデックスは特に蛍光灯下では常時虹色に輝く。つまり、常に光を放っている。
・文字盤内のロゴ「GS」と「Grand Seiko」の塗装処理が若干違う。通常は気が付かない程度の微細な違いだが、夕焼けの射す窓際などではそれが顕著に現れ、立体感と趣を醸し出す。

 どこにでも時計がある、しかも大多数の人が携帯電話を持つ世の中で、正確な時計を腕に巻く必然性は薄い。現代において腕時計は完全にアクセサリー(特に、男性ビジネスマンに許された唯一の)なのだ。であれば、ギミックの塊である機械式腕時計の方がそれに相応しい価値を持っているとも言える。しかし、私はアクセサリーであったとしても、腕時計に対して「正確性」という本来の機能を求めたかった。たとえ、非合理的で無価値であったとしても、何者とも関わらず、独立し、正確な時間を刻む道具を手にしたかった。時間を、つまり私の人生の目盛を他者に預けたくなかった。 
 要約すると、「携帯電話の時計とネット上の時間と電波式時計と時報を背景に、キラキラ光る姿を眺めながら、ニヤニヤする」そんな時計なのだ。