四十を超えたくせに止めた煙草に手を出して「年寄の冷や水だな」なんて自嘲していたこの冬、慢性的な呼吸苦を感じるようになった。煙草のせいなのかわからないが、心配で呼吸器科に行って画像診断をしてもらったが異常は見つからなかった。そんな時に、海外の有名なサッカー選手たちが当製品をユニフォームに付けて嗅いでいる映像を目にした。パフォーマンスが上がるのだという。科学的根拠もあるらしい。子供の頃に使っていた記憶もあり、興味本位でなんとなく購入してみた。
使ってみると、香りは当時と(きっと)変わらず、懐かしい気持ちに包まれた。当時の子供の私は、「胸に塗って胸から肺に浸み込んで呼吸に作用する」と考えていたが、「胸に塗って気化したものが鼻を通して呼吸器に作用する」と初回の使用で看破することができた。私も大人になったものだとうれしく思った。以来、就寝前に使用するのが習慣になった。
数日すると、夢を見た。ベッドで横たわる私の胸に、荒れたガサガサの大きな手が当製品を塗る。形容のできない野放図に分厚い安心感が私を眠りに突き落とそうとする。既視感のある感覚に「これの手は父だ」と気が付くと目が覚めた。
夭折した母の代わりに、父は一人で私たちを育てなければならなかった。病気がちだった私を育てることが途方もなく大変だったということは、父の周囲の人々から後日聞かされたし、今なら実体験として理解ができる。当時の父がどんな思いで当製品を私に塗っていたかと思うと、どれだけ冷静であろうとしても感傷的になってしまうし、どれだけ合理的であろうとしても感謝の念で溢れてしまう。
ただ今度は、この私が自分の子供の胸に塗ってあげる番だ。父よりも物理的には大きいはずだが、私の目にはずっと小さく見える、この手で。