アンチソーキッドTシャツ「ナノ・ユニバース」

 大学に進学した年の夏、私は自分が異常な汗かきだということを生まれて初めて自覚した。田舎の生活では自動車での移動が全てで日常生活で汗をかくことなどほとんどなかった。もしかすると、汗をかいていたのだけれど、鏡の多い都会がそれに気付かせてくれただけだった可能性もある。
 とにかく、大学1年生の私は「自分は汗かきである」と認識してしまった。そうすると、別に暑くもないのに冷房の効いた電車の中でさえ汗が止まらない。地下鉄の駅から大学までの、わずかな距離を歩くとTシャツはずぶ濡れになった。トイレで何度着替えても、同じことだった。
 若き私の鋭敏な自意識はそのことに病んだ。大学生活の全てに(特に異性に)消極的になり、極端な時には、生きるのが辛い時さえあったのを今でも覚えている。もし、同じような悩みを抱えている若者が、この乱文を読んでくれていたら覚えていてほしい。年をとれば確実に自意識が鈍り(良いことなのか、悪いことなのかはわからない)、そんなことは笑い飛ばせるようになる。自分語りが長くなったが、そのことだけは先人として伝えたい。

 このTシャツはなんの変哲もないコットン製の厚手のTシャツに見えるが、本当に汗染みができない。革新的な製品だ。高価ではあるが質感が高く、その価値は十分にある。特に恋愛に多感な青春時代を送る若者にお勧めしたい。迷っている間にも、恐ろしく短い青春時代は確実に過ぎていく。また、予算がなければ質感は劣るものの「白か黒の厚手のポリエステルTシャツ(特にグリマーがおすすめ)」が汗染みには効果がある。
 今日は初めて子供と二人で東京に行った。地下鉄に乗ると当時の汗のいやな記憶が思い出されて、額の汗をずっと拭いていた。そのせいで人並みに甘美な学生時代を経験できなかったことを呪った。サークルもゼミも辞めて、家に閉じこもり気味になったことも思い出した。びしょ濡れの内部と裏腹に染み一つない自分の上半身を見下ろして、このTシャツが学生時代にあったならどんなに学生生活が楽しかったろう思った。現在とは違ったかもしれない都会的で煌びやかな未来の筋が、いくつも頭に浮かんでは消えた。

 感傷的になって立ち尽くしていると、少し目に涙を浮かべながら子供が心配そうに(問いかけへの返答を数回怠ってしまったらしかった)、しかし、精一杯の可愛い笑顔で私の顔を覗き込んできた。
 その顔を見て確信した。私の場合は、若いころにこのTシャツがなくて正解だった。